子供の発達障害について思うこと。子供が学校に行きたくないならいかなくてもいい。

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福井県の中2の男の子が自殺した問題。

私は『教師だけが悪い』という一般の考えとは違うかもしれません。

学校生活で、教師も男の子もその規模だけでは、もう解決はできない段階に来ていたから自殺になってしまったのだろう。

その子が「発達障害である可能性がある。」と教師の間では持ち上がっていたらしいがが、この件で親御さんには伝えたのだろうか?のちに、親御さんは発達障害についてはきっぱりと否定したと。

と報道されていたが・・・

今回の自殺問題には発達障害にかかわる要素が大きいのでは?と番組も判断してのか、発達障害について時間を割いて取り上げていた。

発達障害が大きな問題じゃなくって、それにどれだけ親は向き合っていたのか?というところが重要になっているんじゃないかと。「宿題ができなくて自分でもどうしていいかわからない。」と周囲に漏らしていたそうです。

発達障害は素人では絶対判断ができない。専門家ですら判断が難しく、程度の評価も専門家でも違ってくるのです。

認めることから、先に進める

私は出産後、NHKで発達障害の番組を見たり、書籍を読みあさったり、情報を収集していました。

実は長女がそうでないか?と思ったことからである。

生まれた時から集団生活を送るようになるまで、ずっとずっと心配をしていた。成長は普通である、しかし『ちょっと、あれ?』と思うことが多々あった。

旦那や実母に相談しても、大丈夫だよ!普通じゃん!賢くて、敏感な性格なんだよ(子供が)。

私が気にしすぎと言われていた。

本当に気にしすぎで済むならいい。でもね、私はこの子の母親だよ。守れるのは私たち親しかいないんです。

もちろん発達障害なんて認めたくないし、普通だよ、大丈夫って自分に言い聞かせていました。

でもね、認めたくないって、それは親の気持ちなんです。

娘の気持ちはどうするの?もしそのように疑うなら、可能性があるなら、少しでも娘が生きやすく、生活しやすくできる環境を用意できるよう準備をしていけるのは親しかいないでしょ。って思ったんです。

当然、親がアンテナを張っていないいと、子供の変化やsosには気づけません。

娘に関し私は、まず集団健診の時に相談をし、後日専門家の予約相談を受けた。その段階で娘についての疑いの目と相談を終わりにしました。さらに必要があれば、専門の医療機関での詳しい検査。という流れのようです。

育てにくさから感じる違和感。

親は自分の子供を社会に出れるよう、しつけをする。その過程で叱ることも当然あるだろう。

しかしこの叱る、大きな声をだす、ことも発達障害の子にとっては、よくないケースがあります(二次的障害に発展するケース)

私が、専門家に相談したのは娘が人生を生きる上で、もし発達障害の可能性があるならどういうレールを敷いてあげたら、生きやすくなるのかの方向性を出したかったから。

発達障害である可能性が低くなったのならば、自立した大人にするためには叱る場面も必要になっていくでしょう。

今回の福井県の中2男子自殺事件は、完全に二次的障害に発展していたケースではないだろうか。

一番近くにいる母親が一番に気づいてあげられないものなのか?

その子が今辛い環境ならば、もっと寄り添って解決策を共に探る必要が親にはある。

「宿題ができなくて自分でもどうしたらいいかわからない。」と子供からsosが来ているなら

なんでできないのか、どうしたらできるようになるのか、なぜ自分にだけ先生は厳しく怒るのか。親御さんは一緒に考えてあげていたのだろうか?

教師側だけの問題じゃないと感じます。発達障害の可能性があるならば、副担任を外してほしい!とかの要望の前に、両者の大人が手を取り合って連携し、本人の生きやすい生活を模索していくのが大切だったんじゃないかと思います。教師側から「普通のことをできない、普通の指導では上手くいかない」という声が出ている時点で教師側も困っていた。発達障害の疑いを親御さんに伝えるということは、そこから子供も一歩前に進めるための要素になっていたはず。

物事の本質を見ないで、表面だけ整理したってまた繰り返します。

「宿題をした」と言い。教師が見ると、宿題はしていなかった。「できないならやらなくていい。」と教師がいうと、土下座をしようとしたり、泣きながら『やったんや!やったんや!』と言いトイレにこもってしまった、と。完全にコミュニケーションがスムーズに行ってないでしょう?これを聞いて、「ん?」と首を傾げませんか?明らかに一般の生徒と同じ指導では追いつかないのが読み取れます。

最後に

私だったらどうするか。学校に行きたくないならいかなくていいよ。って言います。行かせません。

どちらにしても、今もうすでに苦しんでいる子供がsosを発している。限界な状態。だったら急いでその環境から保護して守ってあげて、その子にとって生きやすい環境にするためにあらゆる人や知識情報に頼り、最善策を模索していくべきだったんです。「副担任を変えて!」と要求した親御さんは本質を見れていないと思います。

学校に行きたくないと、わーわー大泣きするなら、私は原因を聞いて、いかなくてもいいよと言います。その代わり、子供の本当に生きやすい生き方を一緒に探していくと思う。

物事の本質を知ろうと親御さんもしていたら、命を絶つまで子供を追い詰めなかったんじゃないかと・・・

子供自ら命を絶つことは今後もあってはいけない。

ご冥福をお祈りします。

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